Visit 03. 埼玉県飯能市 西川材 林業地 わたしたちにとって “よい木“とは
案内してくれたのは地元の西川広域森林組合の若林知伸さんです。「井上山林」、「吾野原木センター」、製材所「大川原木材」を見学した後、西川材による木造の飯能商工会議所にて意見交換をしました。
案内人
コーディネーター 若林 知伸さん 西川広域森林組合
大学院卒業後、社会人を経て岐阜県立森林文化アカデミーに入学。卒業後、西川広域森林組合の職員として地域の森林整備事業等に携わりつつ、西川材の普及・利用促進についても活動中。准木材コーディネーター。
山林見学 井上山林
江戸時代から続く篤林家
「この辺りには篤林家というのがあって、井上さんは江戸時代から代々続く僕の尊敬する篤林家です。」若林さんからご紹介のあった井上淳治さんに、山林を案内していただきました。森に足を踏み入れるとマスク越しにも感じられるひんやりとした空気。井上さんは度々足を止めては、育林作業のこと、木の見方、森の生きもののこと、祖先が植えた木への想いなど、多角的な視点で説明をしてくれました。目の前の森を通して井上さんが見ている奥深い林業の世界を垣間みるような時間でした。 *篤林家:林業に対して深い造詣を持った地域の指導者的な存在である林業家
どういう木がいい木なのかというと、まっすぐであること、皮がねじれてないこと、それから、パッと見ためが、「やさしい」ことですね。
未来のために健全な森をつくる
井上さんからは「数十年後の需要を予測してそれに適した木を育てることは難しいですが、土地に合った健全な木を育てることが次の世代の役に立つだろうと考えています。」と長期スパンの生産ならではの考え方や、シカの被害、原木価格のこと、山林相続のお話など林業が抱える様々なハードルも伺い、木材を使う側として木を見る目が変わっていきました。
安くていいならいくらでも売れるんですよ。太い杉の価値に見合った使い方が何かないかな、どのようにしたら、この木の良さを出せるか、というのが、皆さんに考えていただきたいことです。
江戸の西の川から木材がやってくる
井上:「埼玉県南西部の飯能市・日高市・毛呂山町・越生町にまたがるエリアを「西川林業地」と呼びます。この地域では、寛延6年(1629年)に荒川の瀬替えにより入間川や高麗川、越辺川を経て荒川で江戸へ大量の木材を運ぶことが可能になり、良質な木材を江戸に供給しその名を高めました。この地域に西川という地名はありませんが、江戸(東京)の西から川で運ばれてくる木材なので「西川材」と呼ばれています。」
小規模な森林所有者による丁寧な育林作業
若林:「西川林業地は、地質・気候ともにスギ・ヒノキの生育に適しています。管轄の中で一番大きい面積を占める飯能市では、森林所有の形態は約7割が私有林。樹種は約6割がスギで約3割がヒノキです。ほとんどが小規模な森林所有者ですが丁寧な育林作業を行ってきているので無節の優良材が多く、きめも細かく色つや、香りのいい材を産出しています。近年はエリア内の森林に対し国際森林認証制度SGEC/PEFCにおける「FM(Forest Management)認証」を取得し、また地域の企業や団体は「CoC(Chain of Custody)認証」を取得することで、地域一丸となって西川認証材 としてブランド化に努めています。」
樹齢で約170年。時代を超えた人と会話をしているような気がして。林業の魅力の一つはそこにあるんじゃないかな。
原木市場見学 吾野原木センター
デザイナーの興味が掻き立てられた「吾野原木センター」
森からほど近いところに「吾野原木センター」があります。ここには西川地域から産出された針葉樹の原木のほとんどが集められ、月に2回の原木市で競りにかけられています。「山の規模が小さい分、よく手入れされています。良材が出るので昔は地方からも買いに来た」と常務の鴨下さん。丸太は、山主ごとに樹種・太さ・長さで分類され山積みにされています。中には根本の形状が面白い丸太も出ていて、デザイナーたちの興味を引いていました。また、競りの仕組みや丸太の値段など様々な質問が飛び出しました。
この辺は何で良材があるかというと、山の規模が小さいから、みんな手入れをしていたんですね。我々のおじいさんとか、昔の人たちが一生懸命大事に手入れしてくれて。
良材がね、いま値下がりしてるのが…。市場も大変だけど山も大変。木を切っても安くしか売れない。それがいま、この地区の課題ですね。
良材がね、いま値下がりしてるのが…。市場も大変だけど山も大変。木を切っても安くしか売れない。それがいま、この地区の課題ですね。
製材所見学 大河原木材
品質を活かしたニッチ市場に応える製材所
「大河原木材」の製材所で大河原さんは「西川材の品質を重視した少量多品種の注文製材を行っています。一般住宅用から神社仏閣用の材まで様々な製材製品を供給できます」と会社の特色を説明。原木市場から運び込まれた原木はバーカーという機械で皮をむかれます。むかれた皮(バーク)はペレットの原料として無駄なく利用。皮をむかれた丸太は製材機で手際よく板材や柱材に加工されます。
また、天然乾燥と人工乾燥に対応し、「人工乾燥は、プレカット工場向けに高温乾燥で乾燥時間を短縮するときに、伝統構法の建築物など品質重視の注文に対しては、自社開発の40℃の低温乾燥機で木の色つやや香りを残すように乾燥しています」と、大河原さんは、西川材が多様なニーズに応えられることを教えてくれました。
南九州の杉の生長率からみると、西川のほうは半分くらい。面積が狭いこともあり、大量生産ができません。私たちは個別的な注文に対応し、ニッチ市場で頑張っています。
意見交換会 飯能商工会議所
“いい木”とは何か?
西川材をふんだんに使い、組木をアレンジした耐震壁をデザインに取り入れた、2020年5月に竣工したばかりの飯能商工会議所の会議室が“もり”と“まちの”意見交換の会場です。川上側からは、林業家の井上淳治さん、大河原木材の大河原さん、西川バウムの浅見さんが参加し、主催者から“木材を価値高く活用するためにできること”、“知りたいこと”の二つのテーマが提案されました。西川材は良材(いい木)ではあるが、果たして空間クリエイターや一般消費者ひとり一人にとって「いい木」とは何か。「いい木」であることをどう伝え、空間デザイナーはどう利用していけばいいかなど参加者から様々な観点からの意見や質問が出され、予定時間を過ぎて議論が繰り広げられました。
参加者からの声 Voices from Participants
ファンド運営会社Aさん
木材業界を活性化させるには、適正価格で取り引きされることが重要。また、ブランド力を向上させるために西川材の魅力をデータ化していくことも大切だと感じました。
不動産会社Bさん
オフィスの中で働いていると木材に触れる機会が少ない。木材を身近に感じるようにするには、例えば野菜のQRコードのように産地や生産者が簡単にわかる仕組みがあればと思いました。
広告代理店Cさん
木は風合いとか、香りとか、色味とか、一つひとつに個性があることを知りました。そういった木の個性を生かしたノベルティ商品などを提案していければと思いました。
電鉄会社Cさん
今日、聞いたお話で印象に残ったのは日本各地で増えているシカなどの獣害のことです。国レベルでの対策が必要だと思いました。
食品会社Dさん
森林や林業、木材に関して知らないことばかりでした。当社では子供向け食育プログラムを実施していますが、森や木材に関しても子どもたちに体験して知ってもらうことも必要だと思いました。
産地からの声 Voices from the Producers
一本一本、個性が違う木の魅力を活かして欲しい 西川は、林業地の中では小さな林業地帯ですが、山主が代々にわたって枝打ち、間伐などの施業を続けてきたため、木目が細かく色つやのいい良材を産出します。大量に材を出すことは難しいですが、注文に応じて質のいい材をご提供することができます。 木材製品になってしまうと同じように見えるかもしれませんが、木というのは一本一本違う個性を持っています。一つとして同じものがないのが魅力です。この魅力を活かした空間デザインをしていただきたいと思います。
東京近郊の良材の産地 当センターは、西川材の原木を中心に扱っています。年間取扱量は1万2千立米で、樹種ではスギとヒノキがほぼ半々です。買い手は主に近隣の製材屋さんですが、圏央道が開通してから神奈川方面からも買いにくるお客様がいます。当センターの特色は、良材が豊富なこと。西川林業地は、昔からよく手入れをした森林が多く、スギでもヒノキでも木目が細かく節が少ない材が多いです。東京からこんなに近い場所に、全国でも有数の良材の産地があることをぜひ知っていただきたいですね。山を守っていくためにも、ただ木を使うだけでなく無垢の良材を目に見える場所で使っていただければと思います。
生活者に近い、空間クリエイターとお会いして意見交換することは重要
当社は、大手の製材所のように既製品を大量生産するのではなく、注文に応じて製材しています。また、一般住宅用の建材の他、無垢材を使う神社仏閣用の注文も多く、木の色つやや香りを犠牲にしないため独自に開発した低温乾燥設備を設置しています。
今、生活者の気持ちが木から離れてしまっていると思います。生活者と木をもう一度近づけるためには、生活者に近い、空間クリエイターの皆さまとお会いして意見を交換することは重要だと思います。原木が製材され乾燥を経て木材製品となる工程を知っていただきたいですね。個別に興味を持たれた方は、お問い合わせいただければいつでも歓迎いたします。双方がコミュニケーションをとり連携することが木材の利用促進につながると思います。
デザイナーの発想のきっかけになるような作品や素材の提供を
天然素材である西川材の質感を活かし、香りや温もりを感じる家具や空間づくりをしています。今、西川だけでなく各地で廃業する製材所が増えています。私たちは製材所が楽しく仕事ができることを目標に掲げ、どういう製品をどこへ提案したらいい流れをつくれるかということを考え、西川材活用促進に取り組んでいます。
西川材が素材としてどんなにいいとしても、商品価値を上げるのはデザインだと思います。お客様が購入するのは、素材ではなく商品なのですから。しかし、いいデザインを自分たちだけで考えていても限界があります。地元にいる私たちとしては、デザイナーの発想のきっかけになるような作品を提案したり、さまざまな素材を提供したりしていきたいと考えています。それには今日のような体験会はとてもいい機会だと思います。
コーディネーターの想い Voices from Coordinators
「もり」と「まち」のご縁を、何かアクションにつなげたい 森林組合では、地域の森林整備事業がメインの業務で、西川材利用促進活動までにはなかなか手を回せていないのが実情ですが、今日のような機会をもっと増やせればと思っています。体験会を終え、最後の意見交換会でたくさんの意見が出て来たのに驚きました。かなり突っ込んだご意見もあり、とてもよかったと思います。川上側にいると、川下側の人が考えていることを知るチャンスがありません。今回の体験会で、山主、原木市場、製材所とデザイナーの皆さんとのご縁ができたので、これをきっかけに何かアクションにつなげたいと思います。デザインが「もり」と「まち」をつなげてくれると思います。それを実現できるように、これからも川上・川中・川下をコーディネイトしていきたいです。
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